眠らない魚


夕方、曇り空の室内で目を覚ますと、

灰色で薄暗く青い部屋の天井


「ああ、水槽の底に沈んでいるみたいだなあ」

と思った。


今週は夜勤だから、

天気悪い日は真っ暗な部屋でむっくりと起床して

それからひげを剃らなきゃならない。


いつかだったか、ひとりぼっちで静かな部屋に座り込んで、


「今死んじゃったら誰かに気づいてもらえるまでどれくらいかかるのかな」

とかぼんやり考えた事があったけど、


今はそんなこと考える余裕も無く毎日必死で働いている。


駅に向かうこの道も、今日はいつもに増して一段と人気が少ない。


曇天と相まって水中に沈んでるみたいで息苦しいし、

早歩きで行こう。

ほんと、静かで重い空気。

街並みを抜けるのにぬるっとした粘着感があって足が重い。



電車に乗って、ドア付近の手すりに掴まっておく。


のぼり電車だから時間帯的にも座席が空いている事が多いけど、

座ると寝過ごしてしまうから座らない。

意識が落ちる感じが眠気からきているかどうかももうわかんないけど、

こないだは気づいたら終点まで行ってた。


ちらりと横に目をやると、

がらがらの座席を鷹揚に占拠してる2人の鳶職風の男が、

車内に響く大きな声で問答している。



大抵の魚類は一生泳ぎ続けたままなんだって。

へえ、そうかい。

眠る時は片目づつ眠る奴もいるらしい。

なるほどなあ。そうしたら人間みたいにする必要がないもんなあ。

だが実際苦しいんじゃあないか?
泳ぎ続けることに疑問を持たないのかね?奴らは。

泳ぎを止めたら死んじまうんだろ。



「ふーん、そうか。大変だな、魚は。」

などとぼんやり考えてた。



試しに片目をつむって休まるかどうかやってみたら、

車両の窓に写りこんだ疲れた顔が、じっとこっちを見ていただけだった。